Marginalia

約束について

  • 約束は、言葉を交わすことによって、それまでに存在していなかったひとつの命題を生み出す
  • 論理的な思考(推論)とは、2つの命題から三段論法を導き、三段論法を重ねて結論を導くことである
    • 命題は2つの名称を並べて作られる
  • 約束は、それまでは無関係だった2つの名称から新しい命題を生み出す、あるいは確率的な推測にすぎず蓋然性が低かった命題を真であると(対義語は偽である)定義しなおす
  • 推論は、真なる命題の重ね合わせから結論を導く
  • 結論の前提となる真の命題が加えられることは、その結論の蓋然性・信憑性・確実性を高めることになる
  • 推論を組み立てる中に偽の命題が入り込めば、その推論は意味をなさなくなる
  • 約束は、未来における命題を、それが果たされることを前提として真とする
  • 約束を反故にすることは、その約束によって生み出された命題が偽となることを意味する
    • つまり、偽の命題を真であると定義したことと同じであり、嘘をついたことになる
    • また、果たすことが不可能な約束をすることも同じである
  • 約束は、未来のことを予測するうえで、その不確実性を取り除くための材料となる命題を人間どうしで言葉を交わして作り出すことができる
    • 「明日は9時にどこどこに待ち合わせ」という約束がなければ、相手と会えるかどうかは不確実性の高いものとなる
    • 相手のこれまでの習慣や明日のスケジュールについての知識など、過去に得た情報だけが推論の根拠となるが、過去の事例を根拠とした推論はどこまでいっても確かなものにはならない(真なる命題たりえない)
    • 約束は、未来についての(それが守られる限りは)真なる命題を無から生み出すことができる
  • 約束が作り出す命題は、自分以外の他者の行為についての命題である
    • 人は自己にコントロール可能なこと以外を約束することはできない
      • 「明日は雨が降る」ということを予測しても、それは約束とはなりえない(単なる推論結果)
    • 他者がどのように行為するかは、自己にとって不可知の最たるものである(他者性)
    • 推論にあたって、もっとも不確実なことをもっとも確実なことに転回させるのが約束である
  • 未来についての推論は、その約束が作り出す命題を出発点とすることができる
    • 「明日は9時に待ち合わせ だから 8時に出発すれば間に合うだろう」
  • 人びとの間に約束がなければ、未来についての推論において、根拠となるのは過去の事例についての知識だけである
    • 過去の事例についての知識から、一般的な法則を使って計算していく
    • 過去の事例というものが、そのときのすべての状況的要素を記憶できているわけではないため、この種の推論はかならず不確かなものになる
  • 約束だけは、未来についての推論においてたしかに真なる命題として根拠となりえる
  • それゆえに、約束を反故にするということはあらゆる未来についての推論を破壊することになる
  • ある推論の結論は、それ自体がひとつの命題となって次の推論の根拠となるため、ひとつの命題が偽であることがわかれば、そこから連鎖的につながったすべての推論が意味を成さなくなる
  • 今だけでなく未来の生活について、行きあたりばったりではない見通しを立てるためには、約束は不可欠のものである
  • それゆえに、「約束を守る」ということは社会的な善であり、道徳的な規範として広く共有される
  • だが、約束は言葉によって交わされただけで、破られうるという意味での不確実性を持つ
    • 過去の事例についての知識は、(未知の事実の発見によりそれまでの知識が覆ることを除けば)知識それ自体は確実なものであるが、ある事例の原因であるすべての情報を把握することは不可能であるため、その意味で推論の根拠としての不確実性を持つ
  • それゆえに、約束には実効性が強く問われることとなる。約束が果たされるかどうかの蓋然性は、そのままその約束によって可能となる命題の蓋然性と等しい
  • 約束に実効性を持たせるためのもっとも一般的な方法は、約束を反故にすることへのペナルティを設けることである
    • これは、約束した当事者全員にとっての未来の推論(見積もり)において、約束を果たした上での未来と、約束を反故にした未来を比較した際に、後者のほうに十分な不利益が生じなければ意味がない
    • 誰か一人でも、ペナルティを受けたとしてもその後の未来においてそれと釣り合う以上の利益があると見積もることができてしまえば、約束は反故にされてもしかたがない
  • だが、どれだけ約束を重ねても未来の不確実性がなくなることはないため、どれほどのペナルティであれば確実に実効性を持たせることができるかも正確に見積もることはできない
  • 約束を守ることを社会的正義であるとする道徳的な規範精神は、この見積もりの不確実性をある程度はカバーする
    • たとえペナルティが十分なものでなかったとしても、それが道徳に反するという各人の意識において抑制されるのであれば約束は果たされる