この記事では、Angular v9.0 にて非推奨となる entryComponents
機能が、なぜ非推奨になるのかについてできるだけ簡単に解説します。
Angular - Deprecated APIs and Features
はじめに
解説を始める前に、重要な点をあらかじめ書き記しておきます。
- もし Ivy をオプトアウトする場合は、
entryComponents
は引き続き必要です。決して削除しないでください。 - いままで
entryComponents
機能を使ったことがない方が新たになにか覚える必要はありません。興味がなければ過去のものとして無視してください。
entryComponents
とは何なのか
v9.0 で非推奨となる entryComponents
とは何だったのかということをまずは振り返りましょう。
entryComponents
は多くの場合、 動的なコンポーネント を実現するために利用されます。動的なコンポーネントとは、Angular のテンプレート HTML 内に登場せず、コードの実行によって生成されるコンポーネントです。テンプレート HTML を静的に検査しても宣言が見つからないことから 動的 と呼ばれます。
もっとも代表的なユースケースはダイアログやモーダルのようなケースです。コンポーネントクラスの処理が実行されることで動的にコンポーネントが表示されます。このようなコンポーネントはテンプレート HTML 内に宣言されません。
たとえば Angular CDK のOverlay APIを使ってコンポーネントをオーバーレイ上に表示するには次のようなコードを書きます。
export class AppComponent {
constructor(private overlay: Overlay) {}
openModal() {
const overlayRef = overlay.create();
const modalPortal = new ComponentPortal(MyModalComponent);
overlayRef.attach(modalPortal);
}
}
このとき、動的に表示したい MyModalComponent
は、 それが宣言される NgModule
の entryComponents
配列に追加される必要があります。
@NgModule({
declarations: [AppComponent, MyModalComponent],
entryComponents: [MyModalComponent]
})
export class AppModule {}
なぜ entryComponents
が必要なのか
Angular に慣れている人にとっては、もはや当たり前のように「モーダルを実装するときは entryComponents
」というルーチンになってしまっているかもしれませんが、そもそもなぜこれが必要なのでしょうか。その理由は、Angular v8 までの AoT テンプレートコンパイラと、そのテンプレートコンパイラが生成する実行コードに理由があります。
ここで以降の説明の簡単のため、v8 以前の AoT コンパイラを ViewEngine (VE) コンパイラと呼びます。
コンポーネントの生成と ComponentFactory
動的コンポーネントの生成には ComponentFactoryResolver
という API を使います。この API はコンポーネントクラスから、そのコンポーネントに対して AoT コンパイラが生成した ComponentFactory オブジェクトを返すものです。
export class AppComponent {
constructor(private cfr: ComponentFactoryResolver) {}
ngOnInit() {
const componentFactory = this.cfr.resolveComponentFactory(SomeComponent);
}
}
先ほど紹介した CDK の Overlay や Portal の機能も、この ComponentFactoryResolver
を利用しています。そして、 entryComponents
に追加されたコンポーネントだけがこの resolveComponentFactory
メソッドの引数に使えます。もし追加されていなければ次のようなエラーが表示されます。
つまり、 entryComponents
とは、「あるコンポーネントの ComponentFactory を解決可能にする」ための機能であると言えます。ではなぜ entryComponents
に追加されていないコンポーネントの ComponentFactory は解決できないのでしょうか。すべてのコンポーネントは等価ではないのでしょうか?
ViewEngine は Tree-shakable な ComponentFactory を生成する
その答えは半分 YES です。ViewEngine の AoT コンパイラは NgModule.declarations
配列に指定されたすべてのコンポーネントの ComponentFactory を生成しています。しかし、それが ComponentFactoryResolver
から解決可能になっていないのです。
この様子は実際に AoT コンパイルの結果を見るとはっきりとわかります。Angular CLI のプロジェクトであれば、 ngc -p ./tsconfig.app.json
とコマンドを実行すれば tsc-out
ディレクトリに AoT コンパイル結果が出力されます。その中には、すべてのコンポーネントに対して ./some.component.ngfactory.js
のような ComponentFactory の生成コードを見ることができます。
これで ViewEngine ではどのコンポーネントにも ComponentFactory は存在していることがわかります。しかし、これらの ComponentFactory は どこからも参照されていません。つまり Angular CLI(の内部で使われている webpack)のビルドでは、不要なコードとしてバンドルに含められないのです。これが、ComponentFactoryResolver
によって ComponentFactory を解決できないコンポーネントがある理由です。バンドルサイズ削減のために、不要なコードを含めない仕組みになっているのです。
Component と ComponentFactory の分断
しかしこれはおかしい話です。ソースコード中で SomeComponent
を参照しているのだからその ComponentFactory は必要なコードとしてバンドルに含められるべきです。
ここが ViewEngine の限界です。ViewEngine の AoT コンパイラは ComponentFactory の生成コードを元のコンポーネントクラスとは別のファイルに出力します。つまり、 some.component.ts
に対して some.component.js
と some.component.ngfactory.js
を出力します。したがって、アプリケーションで SomeComponent
への参照があったとしても、 SomeComponent
の ComponentFactory には一切参照が届かないのです。
entryComponents
は ComponentFactoryResolver
をセットアップする
ここでようやく entryComponents
の出番です。 NgModule
の entryComponents
に追加されたコンポーネントの ComponentFactory は、AoT コンパイラが特別に解釈して ComponentFactoryResolver
で解決できるように参照を作ります。その様子は AoT コンパイル後の app.module.ngfactory.js
で見ることができます。
AoT コンパイルの生成コードをはじめて見る方は驚くかもしれませんが、今回注目すべき点は 2 ヶ所。インポート文と ComponentFactoryResolver
のプロバイダ宣言です。見ての通り、 AppModuleNgFactory
から参照されているのは app.component.ngfactory
だけです。そして、 ComponentFactoryResolver
の近くにある配列には AppComponentNgFactory
だけがセットされています。
それでは、 SomeComponent
を entryComponents
配列に追加してもう一度 AoT コンパイルしてみましょう。 app.module.ngfactory.js
に変化があるはずです。
新たに some.component.ngfactory
への参照が追加され、ComponentFactoryResolver
の近くにある配列に SomeComponentNgFactory
が追加されています。実はこの配列こそが ComponentFactoryResolver
が解決できるコンポーネントのリストです。
つまり、entryComponents
によって NgModule
のコンパイル結果に影響を与えることで、動的に利用したいコンポーネントの ComponentFactory が Tree-shaking されないように、ComponentFactoryResolver
から解決可能な参照を保持することができるのです。
なぜ entryComponents
が非推奨になるのか
ViewEngine において entryComponents
がなぜ必要だったかを簡単に説明しましたが、なぜ v9 からは非推奨となるのでしょうか。それは ViewEngine に変わる Angular の新しい Ivyコンパイラが ViewEngine の抱える問題を根本から解決したからです。
Ivy は同一ファイルにコード生成する
Ivy の AoT コンパイラは元のコンポーネントファイルと同じファイル、しかも同じクラスの静的フィールドとしてコード生成します。実際に AoT コンパイル結果を見てみましょう。v9 では次のような生成コードになります。Ivy では AoT コンパイルによって追加される独自のファイルは一切ありません。
some.component.js
は次のようになっています。3 行目にあるのは元の SomeComponent
から @Component
デコレーターが除去されたクラスです。そしてデコレーターの中に定義されていたセレクターやテンプレートなどのメタデータが、 9 行目以降の AoT コンパイラによる生成コードに変換されています。
ここで重要なことは、 SomeComponent
の AoT コンパイル後コードが、 SomeComponent
クラスと密に結合していることです。これにより、 SomeComponent
を参照すれば自動的に SomeComponent
のコンポーネント生成に必要なすべての情報を解決できます。
つまり、 app.module.js
で some.component.js
をインポートしているだけで、 SomeComponent
の ComponentFactory は解決可能になるのです。
これが、 Angular v9 で Ivy によって entryComponents
が非推奨になる理由です。 entryComponents
の代替となる新たな方法に変わるのではなく、そもそも根本的に動的コンポーネントと静的コンポーネントを区別する必要がなくなるのです。
Tree-shaking の問題は?
ここまで読んだ方はもしかすると entryComponents
がなくなることで、ViewEngine と比べてバンドルサイズが増えるのではないかと疑っているかもしれません。確かに、コンポーネントの生成コードだけを考えると、ViewEngine と比べて Tree-shaking 可能な領域は減っています。しかし Ivy ではその他のいくつもの改善によってトータルではほとんどのユースケースでバンドルサイズが削減されます。
もっとも大きな改善は、Angular のテンプレート機能が Tree-shakable になることです。詳細は割愛しますが、 [prop]="someValue"
や (eventName)="onEvent($event)"
など、すべてのテンプレートの機能が個別に Tree-shaking されます。アプリケーションで一度も使わなかったテンプレート機能はバンドルに含まれません。
また、コンポーネントと生成コードが同一ファイルになることでクラス定義や import/export のオーバーヘッドもなくなり、より少ないコードだけを生成すればよくなりました。また、ViewEngine ではコンポーネントが子コンポーネントになる場合とホストコンポーネントになる場合で別の生成関数を定義していましたが、Ivy ではひとつの生成関数に統合されるので、これによっても生成コードのサイズは減っています。
トレードオフはありつつも、Ivy では差分コンパイルのスピード、バンドルサイズの削減、内部アーキテクチャの単純化などの複合的な視点で、Ivy のアーキテクチャを選択しています。
動的コンポーネントを超えた遅延コンポーネントへ
Ivy の AoT コンパイラは同一クラスの静的フィールドに ComponentFactory を生成すると説明しました。この変更による恩恵は entryComponents
が不要になるだけではありません。ひとつのコンポーネントに関するコードが 1 ファイルに含まれることで、Dynamic Import によるコンポーネントの遅延読み込みも可能になります。
つまり、次のように動的な import()
文で取得した SomeComponent
クラスでも ComponentFactoryResolver
で解決できるということです。
export class AppComponent {
constructor(private cfr: ComponentFactoryResolver) {}
ngOnInit() {
import("./some/some.component")
.then(m => this.cfr.resolveComponentFactory(m.SomeComponent))
.then(someCompFactory => {
console.log(someCompFactory);
});
}
}
Ivy ではすべてのコンポーネントの ComponentFactory がバンドルに含められると説明しましたが、それはテンプレート HTML や TypeScript コードの中で 静的に 参照されている場合だけです。もし SomeComponent
がこの Dynamic Import 以外でまったく参照されていなければ、 Angular CLI は SomeComponent
そのものを別バンドルに分離し、遅延読み込み可能にします。モーダル用のコンポーネントであれば、初期読込される JavaScript にはコンポーネントを含めず、モーダルを表示するイベントが発生したときに初めて遅延読み込みすればいいわけです。
このように ViewEngine から Ivy にアーキテクチャ変更したことによって、いままでは覚えるしかなかった「Angular ではできない」や「Angular ではこのようにする」といった慣例的な制約がいくつも取り払われています。そして不要になった(陳腐化した)API は非推奨となっていきます。
非推奨化は必ずしも代替 API への置き換えを意味するわけではないということを覚えておきましょう。
まとめ
- v8 までの ViewEngine では
entryComponents
が無ければ ComponentFactory の解決ができなかった - Ivy ではすべてのコンポーネントが常に ComponentFactory を保持しているため、いつでもどのコンポーネントも動的に利用できるようになる
-
entryComponents
の非推奨化は代替 API への置き換えではなく、そもそも動的コンポーネントと静的コンポーネントの区別が不要になったということである
Ivy についての詳しい話は、 AngularConnect 2019 での次のセッションをおすすめします。