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「ないものを売る」とはどういうことか

プロダクトビジネスにおいて、まだ完成していない「ないもの」を商材としてマーケティングやセールスを行うことは珍しくない。だが、「ないものを売る」のは大きなリスクと隣り合わせである。そしてそれは、単にハイリスク・ハイリターンというわけではない。

「ないものを売る」までの段階と、それぞれの段階で残されている裁量(コントロール)について整理してみよう。

段階リターンリスク残された裁量
ないものを考える新たなサービス・プロダクトのアイデア出し。新規価値の創出時間・労力の浪費
ないものを見せるニーズ調査、期待の創出、アトラクトの維持アイデアの漏洩、期待のインフレ、中途半端な印象付けによるブランド毀損中(市場評価による束縛)
ないものを売る先行利益の獲得、顧客のロックイン約束の不履行(負債、訴訟、信用の失墜)、納期遅延、予期せぬコスト増小(契約による束縛)

ステップが進むにつれて、<社内(内側)の論理>から<社外(外側)との約束>へと、コミットメントの重心が不可逆的に移っていく。そして「売る」、つまり契約が発生する以前と以後では、決定的に「ないもの」の質が変わる。約束を守るという義務からは逃れられないため、どれだけ苦しくても約束したことはやるしかない。

これはハイリスク・ハイリターンではない。先に売ってしまっているのでリターンは限定されているのに、リスク(ダメージ)は時間とともに膨れていく。時間が長引くほどにハイリスク・ローリターンなプロジェクトへ変質していく。残されている裁量は、動かせない制約下でいかに最善を尽くすかというリスクマネジメントのみである。

一見するとスタートアップが投資を集めるのと似ている。スタートアップもお金をもらった以上は投資家との約束を果たすことに束縛されるわけだが、スタートアップ投資家は投資=リスクだとわかっている。だが、プロダクトを買う顧客はそうではない。作れるかどうかわからない状態の「ないもの」を買った相手には、そのリスクが共有されていない。その歪みが「ないもの」を売ったあとの苦しみにつながる。

Kickstarterを買い物だと思って使うとユーザーは痛い目を見るが、あれはユーザー側がリスクを負うというルールで回っているプラットフォームだから、企画者側は守られている。しかし、そんなルールがない普通の市場では、お金をもらってしまった以上は価値を返さないと契約違反になる。

「ないものを売る」ということは、約束の履行を担保に利益を得る行為であり、借金をするのと近い。借金は経営判断として時に必要だが、それをプロダクト開発につきまとう不確実性とリスクに向き合う覚悟と計画なしに実行するのは、ただのギャンブルである。