Angular v14から導入された Standalone API に適応する形で、標準ライブラリやサードパーティライブラリが提供するAPIにある共通のパターンが表れ始めた。この記事では、私が “Provider Function” と呼んでいるその新しいパターンについて解説する。
Provider Function パターン
Provider Function パターンとは、Standalone以前に広がっていた NgModule
の forRoot()
パターンに対応する形で、 NgModule
を使わずにDIプロバイダーをセットアップするためのAPIパターンである。おそらく具体的な例を見たほうがパターンを理解しやすいだろうから、いくつか紹介する。
1つ目は Routerパッケージが提供する provideRouter()
APIだ。このAPIについては以前記事を書いたので、詳細はそちらを参照してほしい。
以前は RouterModule.forRoot()
でセットアップしていた Router
サービスを、 provideRouter()
関数でセットアップするようになった。
import { bootstrapApplication } from '@angular/platform-browser';
import { AppComponent } from './app/app.component';
import { provideRouter } from '@angular/router';
import { routes } from './app/app.routing';
bootstrapApplication(AppComponent, {
// provide Router with routes
providers: [provideRouter(routes)],
});
2つ目は @angular/platform-browser
パッケージが提供する provideAnimations()
APIだ。以前は BrowserAnimationsModule
をインポートしていたが、代わりにこの関数の戻り値を providers
配列に追加するようになっている。
https://angular.io/api/platform-browser/animations/provideAnimations
import { bootstrapApplication } from '@angular/platform-browser';
import { AppComponent } from './app/app.component';
import { provideAnimations } from '@angular/platform-browser/animations';
bootstrapApplication(AppComponent, {
providers: [
provideAnimations()
]
});
3つ目は、v15より @angular/common/http
パッケージから提供される予定の provideHttpClient()
APIだ。もう説明不要だと思うが、 HttpClientModule
の代わりに HttpClient
を利用可能にする。
https://next.angular.io/api/common/http/provideHttpClient
最後に紹介するのはサードパーティライブラリの NgRx が提供する provideStore()
API だ。
provideStore()
関数は従来の StoreModule.forRoot()
に対応したものであり、 Store
サービスを利用可能にする。
bootstrapApplication(AppComponent, {
providers: [provideStore()],
});
これらのAPIに共通するパターンの特徴が見えてきただろうか?
プロバイダー宣言と動的なパラメータ
AngularのDIシステムにおいて、 providers
配列に追加するオブジェクトは プロバイダーオブジェクトである。これはStandalone APIに関係なくいままでもずっとそうだった。
https://angular.io/api/core/Provider
プロバイダーオブジェクトは、依存性の注入の中で、あるトークンに対応するインスタンスを提供 (provide)するような役割を指す。そのインスタンスの生成方法の違いによって、プロバイダーはクラスプロバイダー・ファクトリープロバイダー・値プロバイダーなど、いくつかのタイプに分けられる。
Angular 日本語ドキュメンテーション - 依存性プロバイダーの設定
多くのAngularライブラリが依存性の注入を介して提供するAPIは、シングルトンである場合が多い。その場合は providedIn: 'root'
オプションによって、自動的にプロバイダーがセットアップされる。しかしこのままでは、アプリケーションや実行環境ごとに異なる初期パラメータを渡すことができない。
import { Injectable } from '@angular/core';
@Injectable({
providedIn: 'root',
})
export class HeroService {}
サービスに動的なパラメータを渡したい場合には2つの手段がある。ひとつはそのパラメータもDIで解決する方法、もうひとつはファクトリープロバイダーを使って開発者自身が new
する方法だ。
前者の方法では、パラメータに専用のDIトークンを発行し、値プロバイダーを使ってパラメータを提供する。サービス側では、そのトークンをキーにしてパラメータを注入することができる。
// library side
import { Injectable, InjectionToken } from '@angular/core';
export type HeroServiceParams = ...;
export const HERO_SERVICE_PARAMS = new InjectionToken<HeroServiceParams>('hero params');
@Injectable({
providedIn: 'root',
})
export class HeroService {
constructor(@Inject(HERO_SERVICE_PARAMS) params: HeroServiceParams) {}
}
// application side
bootstrapApplication(AppComponent, {
providers: [
{ provide: HERO_SERVICE_PARAMS, useValue: { ... } },
],
});
後者のファクトリープロバイダーを使う方法は単純で、 providedIn: 'root'
をやめてしまい、 useFactory
でインスタンスを生成する。コンストラクタを開発者自身が呼び出すため、DIトークンは必要ない。ただし、この場合はサービスクラスのコンストラクタが要求するすべてのパラメータを利用側が渡さなければならないため、アプリケーション側の負担が大きい。
// library side
import { Injectable } from '@angular/core';
export type HeroServiceParams = ...;
@Injectable()
export class HeroService {
constructor(params: HeroServiceParams) {}
}
// application side
bootstrapApplication(AppComponent, {
providers: [
{ provide: HeroService, useFactory: () => new HeroService({...}) },
],
});
どちらの方法にしても、ライブラリが公開するサービスクラスやDIトークンに対して、ライブラリを利用するアプリケーション側でプロバイダーを宣言することになっているのだが、ここで問題になるのはライブラリが要求する型に合致したインスタンスが正しく提供される保証がないことだ。
インターフェースと実装を分離できるのが依存性の注入の利点ではあるが、ライブラリとしてはどんなオブジェクトが提供されるかわからないため、アプリケーション側でプロバイダーが宣言されるようなパラメータについては、楽観的に正常系だけを考慮するか、防御的にアサーションするかの選択を迫られることになる。
この問題を多くの場面でこれまで解決していたのが、NgModuleの forRoot()
パターンである。これは「プロバイダーオブジェクトを返す静的メソッド」をライブラリの NgModule が提供することで、静的メソッドの引数として動的なパラメータを受け取りながら、プロバイダーの宣言はライブラリ側に閉じることができるパターンになっている。このとき forRoot()
メソッドの戻り値は ModuleWithProviders
型が使われる。NgModuleのインポートとして機能しつつ、プロバイダーも提供することができる型だ。
Angular 日本語ドキュメンテーション - for Root()の仕組み
ちなみに forRoot()
という名前は、シングルトンにするためにルートモジュールで一回だけ提供してほしいことを示す慣例的なものであり、それ以上の特別な意味はない。
// library side
import { Injectable, InjectionToken, ModuleWithProviders } from '@angular/core';
export type HeroServiceParams = ...;
//// internal
const HERO_SERVICE_PARAMS = new InjectionToken<HeroServiceParams>('hero init');
@Injectable()
export class HeroService {
constructor(@Inject(HERO_SERVICE_PARAMS) params: HeroServiceParams) {}
}
@NgModule({})
export class HeroModule {
static forRoot(params: HeroServiceParams): ModuleWithProviders {
return {
ngModule: HeroModule,
providers: [
HeroService,
{ provide: HERO_SERVICE_PARAMS, useValue: params },
],
}
}
}
// application side
@NgModule({
imports: [ HeroModule.forRoot({...}) ],
})
export class AppModule {}
このような経緯で、 RouterModule
をはじめとしたさまざまなライブラリが提供する forRoot()
のような静的メソッドのパターンが広まっていた。だがStandalone APIによってNgModuleがオプショナルになったことで、新しいAPIが必要になった。そこで生まれてきたのが Provider Function というパターン だ。
Provider Function
Provider Function とはその名の通り、プロバイダーを返す関数である。つまり forRoot()
静的メソッドがやっていたことと同じである。違っているのは、その戻り値がNgModuleとしても機能する必要がなくなり、純粋にプロバイダーだけを返せばよくなったことである。
Provider Functionは慣例的に provideXXX()
という命名規則に則り、 provide
というプレフィックスを持つ。また、 XXX
の部分にはそのProvider Functionによって提供されることになるサービスなどの名前が入る。 Router
サービスに対応する provideRouter()
といった形だ。
ちなみに NgModule でも Standalone でも、 providers
配列の要素には プロバイダーの配列を渡してもよい。プロバイダーの配列を渡した場合は自動的にflattenされる。
// library side
import { Injectable, InjectionToken, Provider } from '@angular/core';
export type HeroServiceParams = ...;
//// internal
const HERO_SERVICE_PARAMS = new InjectionToken<HeroServiceParams>('hero init');
@Injectable()
export class HeroService {
constructor(@Inject(HERO_SERVICE_PARAMS) params: HeroServiceParams) {}
}
export function provideHeroService(params: HeroServiceParams): Provider[] {
return [
HeroService,
{ provide: HERO_SERVICE_PARAMS, useValue: params },
];
}
// application side
bootstrapApplication(AppComponent, {
providers: [
provideHeroService({...})
],
});
このように Provider Function という形式によって、アプリケーションから動的なパラメータを受け取りつつ、その入力値を静的に型チェックし、プロバイダーの宣言詳細をライブラリに閉じることができている。ライブラリ内部で使っているDIトークンが外部に露出していないため、ライブラリ側で実装の詳細を変更してもアプリケーション側に影響することもない。
必ずしも命名規則に従わなくてもいいし、DIトークンを露出してアプリケーション側でプロバイダーを宣言してもらう方法を選ぶことが禁止されるわけでもないが、標準ライブラリのAPIに一貫したパターンがあるということで開発者はそれを真似するようになるだろうし、現にNgRxのようなサードパーティライブラリも追従を始めている。あえてこの流れに逆らう意味は見出しにくいだろう。
まとめ
provideRouter()
に代表される Provide Function パターン は、これまで forRoot()
パターンが担ってきたプロバイダー宣言への動的なパラメータ適用のための慣例的な実装パターンが、NgModuleを使わない形で生まれ変わったものであり、特別に新しい仕組みが導入されたわけではない。だが、クラスの静的メソッドから単純な関数に変わったことで、これまでよりもシンプルに、そして柔軟に扱いやすくなっている。
今後、標準ライブラリや多くのサードパーティライブラリのAPIがこの形に統一されていくだろう。このようなパターンがあると知っておくことで、新たに導入されるAPIの振る舞いや利用方法が推測しやすくなるはずだ。
また、このProvider Functionと対になるような “Injector Function” というパターンも新たに生まれようとしている。そしてこれらをセットにした “Functional DI” パターンについては、また別の記事で紹介したい。